Prologue

 今回の夏の一人旅は、これまでとは趣向を変え、初の中近東圏であるイランに行くことにした。イスファハーンやペルセポリスの美に長いこと惹かれていたことが大きな理由であるが、何かと取り沙汰されるイスラーム圏の社会や人々の生活を垣間見てみたかったということもある。
 仕事も忙しく、これまでのように航空券やホテルを組み合わせて旅程を作るというわけにはいかず、ファイブスタークラブの航空券・ホテル・送迎だけがパックされている単独ツアーを使った。やや不本意ではあるが、ツアコンがおらず自分だけで行動できるので妥協したのだ。もちろん、乗り継ぎや入国審査も自分だけで行なう。
 『行き先は大胆に、準備は細心に』が信条であるが、今回は相手が相手だけにいつも以上に慎重を期する。サングラス・日焼け止め・目薬なども準備した。さらに、パソコンは税関チェックや盗難の危険を考慮し、4年前から使っている旅行用のサブノートにする。何せ、ハンディビデオカメラすらしばしば問題になるというお国柄らしい。デジカメを買い換えてから、こいつでは画像編集も出来ないし、そもそも保存用のHDD容量も不足しているのだが、追加のメモリースティックも持っていくことで対処する。編集は…帰国後に頑張る。ややこしいとされる入出国の脳内シミュレーションも怠りなく行なう。出発1ヶ月前にはパスポートをイラン大使館に提出し、その2週間後にはビザも発給された。出発の日が近づくにつれ、自分の中の期待と不安が高まっていくのが分かる。


 出発便はトルコ航空TK051で、13:10に出発。機内は日本人ツアー客で満員で、隣の席も某大手のツアコン。これがまた態度が悪く、やはりツアコン付きのツアーなど金輪際使うまいとの誓いを新たにする。食べ物が美味いと評判のトルコの航空会社なので機内食も期待していたのだが、これは見事に外れ。定刻より30分遅れの20:00(時計が6時間戻る)にイスタンブール・アタテュルク国際空港に到着。すぐにTransit Deskに立ち寄って帰国便のリコンファームをし、Duty Freeをぶらぶら。アメリカにあったショッピングセンターのようなつくりで分かり易く、品揃えもありがち。ただ、驚かされるのは価格の桁数。音に聞こえたトルコリラ、侮れないようだ。日本人や中国人の観光客が何やら買いあさっているのを横目に、何も買わずにテヘラン行きTK1276の出る204ゲートへ。
 21:10にゲートが開き、手荷物検査とボディーチェックを受ける。ボディーチェックを簡単にするためにカメラと小銭以外は一切金属製品を身につけていないにもかかわらず、珍しくひっかかった。全員ひっかかっていたので、検知機が過敏なのだろう。徐々に搭乗客も増えてくるが、意外なことに女性客の大半がヘジャーブ(イスラームの被り物)やスカーフをしていない。本当にテヘラン行きか?と不安になるが、おばさんに訊ねても間違いないという。定刻より30分遅れ22:30に離陸。いい加減眠いのだが、隣のイラン人がしきりと話しかけてくる。何でも、弁護士をしていて、ミラノでの会議に出た帰りなのだそうな。日本についていろいろ訊ねられ、そのお返しに物価事情などを教えてくれたが、おかげで寝られなかった… 機内では、入国に必要な入国カードと税関申告書が渡されるので記入する。入国カードはともかく、税関申告には最後まで迷う。新品でUSD$80相当以上の価値を持つ物や、宗教的に容認されない可能性のある物は申告しなければならないのだが、デジカメやパソコンがどう捉えられるか判断に迷う。なまじ申告して認められず、預入や没収などとなると、旅行の記録を残せなくなる。結局、はっきりと禁止品目に入ってないという理由で、申告不要のグリーンラインを選択する。
 ほぼ定刻の02:30(時計が1時間30分進む;なぜこんな中途半端なtime zoneなのだろう?)にテヘラン・メヘラバード国際空港に到着。思ったより広いが、停まっている航空機はほとんどがイラン航空で、外国の航空会社の機体はほとんど見当たらない。疲れてはいるが、最初の難関である入国審査と税関審査を無事に突破しなければならないので、気合いを入れ直す。まずは入国審査へ。機内で記入した入国カードとパスポートを係員に渡すと、『ジャーポン?』の一言でとたんに何やら楽しそうになる。フルネームを聞かれただけであっさり突破。このスタンプの捺された入国カードをなくしてしまうと出国時にかなりややこしいことになるので気をつけなければならない。短いエスカレーターを登ると、現地のエージェントが私の名札を持って立っていたので合流。日本人は他にいないのですぐに分かったらしい。彼は日本語が流暢なので、日本からもらった手続きについていろいろ訊ねるが、かなり簡略化されつつあるらしい。例えば、出国カードはなくなり、スタンプされた入国カードで代用できるようになったし、内務省への登録制度もなくなったようだし、通貨の持ち込み・持ち出しの制限も、USDで$3,000, イランリアル(Rls)で18,000Rlsまでに緩和されたそうな。待たされた挙げ句にようやく機内預けの荷物を受け取ると、エージェントが空港のインフォメーションに勤務する女性を呼び出し合流。流暢な英語を話す、とても快活な女性だ。いわく『ここに来る日本人で英語を話せる人は珍しい』そうで、英語で話せる機会が嬉しいのだそうな。ついでに、空港内のBank Melli IranでUSD$50を両替する。なんと、399,500Rlsとなった。そのうえ、最高額の紙幣が10,000Rlsなので、札束持ちになってしまった。(あまりに数字の桁が多いので、日常生活ではトマーンという単位が用いられることが多い。1トマーン=10Rlsである。旅行中もトマーンで価格を提示されることが多かったが、煩雑さを避けるため全てRlsで記述することにする。)
 さて、いよいよ問題の税関審査である。…が、件の女性がひとこと税関の係員に耳打ちすると、荷物を開けることもなくOKが出てしまった。あの気苦労は何だったんだ…といっても、取り越し苦労は私の得意技だし、これで済んだのだから良しとすべきだろう。このコネは、パック購入ならではの付加価値か。
 フロアへ出ると、何と大騒ぎの人込みが待ち受けていた! こんな夜中(というより早朝)に何事か、と思ったが、夏休みの終わりで各地から帰ってくる家族を待っているらしい。写真を撮りたかったのだが、空港での写真撮影は禁じられており、この国で禁を破るリスクを抱えたくはないので諦めた。インフォメーションの女性と別れ、エージェントの車でシーラーズ行きの出る別ターミナルへ。ただいま04:00. 眠い。


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