Isfahan

 07:30に起床。少々疲れてはいたが、このために来たといっても過言ではないイスファハーンの美を目の当たりにするために身支度を整えて外出。逸る心を抑えて、まずは両替のためにBank Melli Iranへ。ところが、両替のオフィスは大混雑で、しかも順番通りに処理しているわけでもないようなので、諦めてガイドブックにある私営の業者を探すが、ガイドブックの地図とはややずれた場所にあった。USD$30を219,600Rlsに換える。土産代も含めこれだけあればもう十分だろう。
 セパーフ通りを抜けると、いよいよ

エマーム広場
へ。16世紀、時の国王アッバース1世が建設し、各国の訪問者から『世界の半分』(ネスフェ・ジャハーン;Nesfe Jahan)と称えられた美しい都の心臓部だ。幅約160m, 長さ約500mの広場はアーケードで囲われ、その中にはかつてはポロ競技が行われたという芝生の広場や噴水のある池などが配され、計算され尽くした、しかし開放的な美しさを見せている。


 そして、この広場の南端に位置するのが、かの有名な

マスジェデ・エマーム
(『エマーム(シーア派の主張するイスラーム教の指導者)の寺院』の意)。濃淡のブルーと、その上に描かれた
草花の文様
クルアーンのアラビア文字
のタイル細工が繊細かつダイナミックな美しさを誇っている。広場に面している
エイヴァーン
の天井にある
飾り
は鍾乳石を模しているとのことで、この造形美には見事というしかない。息を呑む美しさだ。30,000Rlsを支払って中へ。
 薄暗く短い廊下を抜け中庭に出ると、メッカの方角を向いた
エイヴァーン
とドームが目に飛び込んでくる。見事な演出なり。このエイヴァーンの奥にあるドームが中央礼拝堂となるが、二重構造になっており、とてもよく反響する。足を1回踏み鳴らすと5回は響く。ぜひここでアザーンを聞いてみたいものだ。内部も
タイル
で彩られており、その仕事量と意志の強さには敬服するしかない。ドームの横にある
建物の中
は、繊細な透かし彫りを施された窓から差し込む光と影とタイルがこの世のものならざる美しさ。横に廻れば、
ドーム
の淡いブルーのタイルが陽光を浴びて輝いている。
 ここもまた、ありとあらゆる光景が撮影ポイントであり、いくらでもデータを使ってしまう。ただ、観光客の少なさが気になる。もしイランがもっと旅行しやすいところになれば、世界中からの観光客に占拠されることは間違いないであろう。言葉に出来ないほどの圧倒的な美だが、決して威圧的ではない。ヨーロッパに行った際に美しい教会や宮殿をいくつも見てきたが、それらは神の前にひれ伏すことを要求するような威圧的な雰囲気をまとっていることがある。イスラーム教が偶像崇拝を禁じているため人物や動物は一切描かれていないことが、ヨーロッパの教会に引けを取らない美にもかかわらず平穏な雰囲気をつくっているのかもしれない。


 マスジェデ・エマームを後にすると、おっさんに声をかけられた。日本人を何人も案内している絨緞屋との触れ込みで、店を見てくれという。絨緞を買う気はないが、価格レベルを知っておくのも悪くなかろうと思い案内してもらう。定番だが、いままで彼が案内した人の写真や彼の名前が出ている日本の雑誌などを見せてくれるが、しきりに他の店の悪口を言うのが何となく気になる。バックパッカーがよく残していくノートがないことも気に入らない。そういう思いを持ち始めると、何やら目の光もずるそうに見えてしまうもので、早々に別れた。


 そこから右手にある

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
へ。ここは、かつて王族だけが使用したマスジェドだそうな。短くも美しい
廊下
を抜けるとすぐにドームの真下へと導かれる。造りはシンプルだが、青とベージュを基調とした
タイル装飾
と、透かし彫りの入った窓から差し込む光とが織り成す華麗な空間は、マスジェデ・エマームとはまた違った美を提供してくれている。(

 このマスジェデと対面するように建っているのが
アーリー・ガープー宮殿
。かつて王がポロを見物したというバルコニーが特徴的。ここは東に面しているので、夕方に来るほうが良かろうと考え、午前中はパス。
 アーケード内にある甘味店を覗くと、前の客が注文していた
セット
が美味しそうに見えたので同じ物を注文する。硬いままのビーフンのような麺状のものを冷やしてサフランを混ぜた黄色いシロップをかけたもの(ファールーデか?)とサフランアイスクリームのセットで2,000Rls也。アイスクリームは糸を引くほどに濃厚でとても美味しい。量が多いとは思ったが、いつのまにか腹に納まってしまった。


 店を出てさらに歩くと、イスファハーン名物のお菓子ギャズ(ピスタチオのヌガーのようなもの)の専門店があるので覗いてみる。箱詰めセットの値段を聞いていると、青年が英語で声をかけてきた。彼も絨緞屋で、どうやら日本でも有名なNOMAD(ここにあるのはAladdin)のスタッフらしい。とりあえずチャーイでも…というので、遠慮なく頂くことにする。(かなり図々しくなっている)ここにはノートもあり、チャーイを飲むだけでいっこうに絨緞の話を始めようとしないのも気に入った。名前を聞くとHassanというとのこと。友人達へのお土産にしようと考えていたガラム・カール(ペルシア更紗;木綿の布に模様などをスタンプしたもの)について訊ねると、『もし良かったら作っているところと、そこの直営問屋を案内しようか?』という。お土産集めは土曜日にしよう、と考えていたのだが、どうせいつ買っても同じだし、このチャンスを見逃す手もないように思えたので申し出を受けることにした。
 エマーム広場の北にバーザールの入り口があり、そこから入っていく。迷宮のような独特の良い雰囲気だが、Hassanいわく『ここは観光客向けだよ。値段も高めだし』とのこと。細い路地を抜けると

キャラバン・サライ
へ出た。これは、かつて隊商が使っていた宿だ。昔からこの地域では物流と商売が盛んだったのだ。
 そこから階段を登ると、4人の職人がガラム・カールを作っている
工場
に出た。木綿の布に、模様の一部が彫り込まれているスタンプに染料を塗って捺す…の繰り返しで模様が作られていく。
 そこを出ると、Hassanがバーザールの天井に登らせてくれた。3Fほどの高さなのだが、周囲に高い建物がないため
見晴し
は良い。丸く盛り上がった箇所のてっぺんに穴が空けられていて、バーザールに明かりを送っている。当然、落ちたら一巻の終わりで、ちょっと怖かった。
 その後、2Fの一室にある問屋へ。いろいろなサイズ・柄の更紗が山と積まれている。絨緞ほどには美しくはないが、十分に異国情緒をかきたててくれる。80cmx80cmのテーブルクロスを2枚と、縦長の最小サイズのものを10枚、〆て120,000Rls也。
 ここを出てバーザールに戻ると、今度は彼の友人が経営している小物店に案内された。ここでは、ラクダの骨に描いた細密画(Miniature)が気に入ったのだが、さすがに高くてなかなか手が出るものではない。VISAカードの旗を出しているので使えるのかと思ったが、『アメリカのせいで、VISAは2年前、Masterも半年前から使えないよ。使える店もあるけど、彼らは外国に口座を持っていて、10%の手数料を取るよ』とのこと。カードが使えるようになれば、ビジネスの幅も広がるのだろうが…(余談だが、イランの街には銀行がたくさんある。両替を行なうBank Melli Iran以外にも、Tejarat Bank, Bank Melat, Saderat Bankなどがたくさんの支店を構えていて、さながら都心のメガバンクの様相を呈している。イランにはそれほど大きな金融取引ニーズがあるのだろうか?)
 細密画に話を戻すと、小さな物でなかなかのものがあり、$30とのことで考え始めたのだが、Hassanが『急ぐことはない。他にも良い店を教えるから、そこと比べると良いよ』というのでいったん止め。
 バーザーレを出て、Hassanに連れられて別の店へ。ここは、細密画の画家が自分で開いている店で、全て彼の手製とのこと。しかも、先ほどの店の商品に比べても筆致・色使いが素晴らしく、人物の表情や服の模様・建物の模様まで活き活きと描かれている。線の細さに応じて、ロバ・ネコ・ウサギなどの毛の筆を使い分けるのだそうな。ここで、シンプルで上品な作品が目に留まり、両親へのお土産に良さそうなので価格を訊くとUSD$50という。現金の持ち合わせがないというと『後でHassanに払ってくれれば良いよ』とのことなので、それを買うことにした。
 Aladdinに戻ってチャーイを飲みつつ世間話。『今日は日本人がたくさんいて、少なくとも3つのグループがいるよ』『ほんと? 俺、全然会わないけど』『ツアーだもの。ガイドがついていて、決められた時間通りに決められたところを見て、時間が来たら専用バスでどっか行っちゃうだけ。ここはホテルでもツアー指定でもないから、買い物にも来てくれないし、イラン人と話すのは危ないとか吹き込まれているらしいから、俺達でも話せないさ』あるいは『イランは観光にはとても良いところだけど、住むには良いところではないね。政治がクレイジーだから自由がない』さらには『そのガイドブックに出ているのは10年前のイランだね。今は、そんなに皆が信仰心が篤いわけではないよ』また『マスジェドなどで入場料を支払ったらその半券を持っているといいよ。それでまた入れるはずだから』
 そうこうしているうちに店主のAliが戻ってきた。彼はバックパッカーの間でも有名人らしく、私も掲示板などで名前を見かけたことがある。ここで絨緞の紹介が始まってしまった。もちろん、大きな物は買えるはずもないが、小さなシルク織りで実に綺麗なグリーンのものがあり、テーブルのアクセントに良さそう。価格を訊くとUSD$110という。決して安くはないし、先ほどの買い物と合わせると手持ちのドルが残り$20(2個所の隠しにはこの数倍に相当するドルがあるが)となってしまうが、もう両替の必要もなさそうだし、これを逃すと二度と手に入りそうにないほどに素晴らしい色合いだったので買うことにした。自分用のお土産にはほとんどカネを使わない私としては珍しいことではある。


 時刻は13:30, Hassanが『一緒に昼食をどう?』というので、案内してもらう。バーザールの2Fにある、バーザールで働いている人のための

食堂
だ。明日は金曜で休日なので、木曜の午後もほとんどの人が休みとなるため、バーザールも先ほどの喧燥が嘘のように閑散としていた。軽いものが食べたくなったので、ホレシュという、ナスと豆をスパイスで煮込んだものにする。Hassanは鶏肉のキャバーブで、2人でシェア。もちろんナーンとチェロウ(サフランライスと白飯が混ざっている)がつき、気取らない味で美味しかった。どうでもいいことだが、イランの人は食事中にコーラなどの炭酸飲料を併せて摂る。これだけは馴染めない。
 食堂を後にしてバーザールを歩いていると、Hassanがフランス人のカップルに呼び止められた。Hassanは彼らが以前にイスファハーンを訪れた時からの友人なのだそうな。Hassanが私たちを
ハンマーム
(共同浴場)の跡に案内してくれた。かつては社交の場でもあったそうな。崩れかかってはいるが、かつてのバーザールの繁栄を彷彿とさせる。
 彼らと別れ、Hassanが
チャーイハーネ
に連れていってくれた。ここはガイドブックにも出ている有名な店で、内装が何ともいえず妖しげでエキゾチック。でも、なぜか落ち着ける空間だ。おっさんたちが壁際に座ってぶくぶくと水タバコをふかしている光景はなかなか圧倒される。Hassanも水タバコを注文し、しばらくふかした後に『試してみる?』というので思いきって試してみた。これがタバコ初体験だったりするのだが、酩酊感などはなく、むしろオレンジのフレーバー(そういう種類だった)がする。まぁ、煙いのは事実で、好きになれそうにはない。砂糖を含みつつチャーイをすすり、ゆったりと時を過ごす。心地好く寛げる。
 時間も15:30をまわり、チャーイハーネを出て店に戻り、さらにホテルに戻ろうとするとHassanが『バイクで送っていくよ』とのこと。(後部座席も含めて)バイクに乗ったこともないし、そもそもヘルメットも持っていないのだが、疲れていたので有り難く受ける。これまた余談だが、イランではバイクに乗る時に誰もヘルメットなんかしていない。2人乗りはもちろん4人乗りまではよくあることである。これが荒い運転の乗用車の間をすり抜けていくので寒気がする。…Hassanの運転はそれほど荒くはなく、爽快なドライブだった。部屋に戻り、まずは洗濯。その後、昨日の日記と今日の日記の前半を書いておく。


 18:30になり、エマーム広場の夜景を見るために外出。広場の外れにある絨緞屋のNOMADの前を通りかかると、日本語も話せるMohanmadが話しかけてきた。いわく『Aliは僕の先生なんだ』とのことで、ここはAladdinの姉妹店とのこと。これでいろいろなことの相関関係が見え始めた。
 いったん別れ、エマーム広場に入ると、芝生の上で家族がピクニックを始めている。日の高い時よりも人手が多いくらいだ。ここでも次々に話し掛けられ、なかなかまっすぐ歩けない。応じる私が悪いのかもしれないが、好意を持ってくれている(らしい)相手を無下に扱うのは難しいものである。日本人、そして日本にもいい印象を持ってもらいたいし。
 19:00になると、夕焼けの赤から濃紺、そして闇へと空の色が移る中、三日月の光も含め、何ともいえないいい雰囲気。

マスジェデ・エマーム
も、昼間とはまた違った表情を見せてくれている。アラビアン・ナイトの世界ともいえるかもしれない。Aladdinに戻り、またもチャーイを頂きつつ、待ってもらっていた支払いを行なう。借りを残しておきたくはない。


 さて、この時間にエマーム広場に来た重要な理由の一つは、マスジェデ・エマームでアザーンを録音するためである。半券を握り締めてマスジェデ・エマームへ向かう。既にアザーンは始まっていて、ライトアップされた

エイヴァーン
と相俟っていっそうエキゾチックな美しさを演出してくれている。もちろん、
天井の飾り
はいうまでもない。ところが、入ろうとするとムスリム以外はダメとのことで、代わりに外のエイヴァーンを録画した。それなりのものを録ることが出来たが、もう1回チャレンジしてみようと思う。
 建物や噴水がライトアップされた
夜のエマーム広場
はとてつもなくエキゾチックで、もはやこれは素人カメラマン魂に対する挑戦である。夜景モードで試みるが、ピントが合わなかったり、シャッターが開いている間に手ぶれを起こしたりして失敗を繰り返す。そのうち、ピントを∞で固定し、さらに地面の上に胡座をかいて両肘を固定することで、少なくとも手ブレを避けることが出来ることことに気がついた。このように、試行錯誤を繰り返してヒトは成長するのである(^^;) しかし、ピントは合わない。縮小すれば少しはマシな出来になるだろうけど… それにしても、ただでさえ目立つ外国人が、目立つカメラを使い、妙な格好で写真を撮っているので、電灯に引き寄せられる蛾のように人が集まってくる。イスファハーンの南の街から来たという家族は、私を自宅に招待してくれた。これは辞退させて頂いたが、その直後にはおっさんの一団が(これまた)自宅での夕食に招待するという。ここで悪い予感が働いたので、丁重にしかし頑なに辞退すると、先ほどの家族の少年が『あいつらは騙そうとしているよ』と教えてくれた。その他、写真を撮ってくれというので撮ってあげると、いきなり両替商をおっぱじめるおっさん2人組もいる。これも『ドルも円もないわい』というとあっさり引き下がった。
 とにかく人を引き付けてしまうので疲れてしまい、もう帰るつもりでNOMADの前を通りかかるとMohanmadと鉢合わせ。彼は信用できるので、またもチャーイをご馳走してもらう。イスファハーンは、夜中に女性が一人歩きできるほどに安全なので何処を歩いて帰ってもいいそうな。イスファハーンにいる間は、AladdinにもNOMADにも好きな時に立ち寄ってチャーイを頂いてもいいとのことで、有り難い限りである。
 NOMADを出て歩いていく。明日が休日なので、公園にはピクニックに興じる家族・グループ・カップル(?)がいっぱい。若い女の子のグループはこちらをしきりに気にするくせに、『サラーム』と声をかけるときゃーきゃー騒ぐだけで話には乗ってくれない。どうせなら、髭面のおっさんよりは可愛い女の子と話したいものである。
 ホテルに面し、イスファハーンのメインストリートでもあるチャハール・バーグ・アッバースィー大通りも車と人が溢れている。ランチを遅く、しかも多めに食べたためか、空腹感もない。ところで、今日は大きな買い物をしているが、もう一つ重要なものを買わねばならない。すなわち、『水』である。ところが、なかなか水を売っている店がみつからない。トルコ風ケバブやアイスクリームの店で訊いても水を売っていない。途方に暮れつつホテルを過ぎ、さらに歩いていったところでやっと見つけ、1.5lボトル2本を4,000Rlsで買った。これで一安心。
 明日は休日で、お祈りが行われるため午前中はエマーム広場やマスジェドには入れず、休みとなる店も多い。今日休めなかった分も含め明日はゆっくりと起き、川沿いの橋巡りをする予定。


 今日もいろいろな人に出会った。これについては、旅の最後に考えてみたい。現時点では、NOMADのHassanのおかげで、いろいろ教えてもらえたし、何杯もチャーイを頂いたし、何より良い物を買うことが出来たと考えている。恐らく、彼が紹介した店からも何らかのリベートをもらっているのだろうし、NOMADが一番安い店とも思えないが、少なくとも彼らの親切心は評価してもいいと思う。鑑定眼もない素人が百戦錬磨の店員を相手にバーザールで値切り交渉に臨むことが果たして良いことなのだろうか? 少なくとも、きちんとしたものを買いたいのであれば、彼らとビジネスをするのも悪くはないと思う。


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