Moscow

 04:00に起きるために早寝したにもかかわらず、00:00頃から妙に眼が冴えて眠れず。TVのチャンネルをはしごしてみる。CNNやBBCはもとより、ロシア・ドイツ・ポーランド・イタリアなどの放送をやっているが、妙に暗い映画・PV・わけのわからんバラエティばかりで面白くない。釧路で大地震があったことも分かった。被害が少ないことを祈る。
 そうこうしているうちに04:00になったので身支度しチェックアウト。いいホテルだっただけに発つのが惜しい気もしないでもない。05:00に迎えの車が来たので乗る。05:00のリヴィウは人も車も通わず静か。カジノのネオンサインだけが自己主張している。街灯もほとんどない暗い道を10分も行くと空港へ到着。運転手は私と荷物を降ろすとさっさと戻ってしまったが、空港も真っ暗けで人気がない。とにかく寒いのでドアを開けようとしていると、中から宿直らしいおっさんが出てきて開けてくれた。しかし、待合室の電気を点けてはくれず、闇の中で待つのみ。他の客もぼつぼつ来始めた05:30頃にようやく電気を点けてくれた。あら、意外に綺麗な内装で、天井はなぜかドームとなっており、円柱が降りている。しかし、カウンターは両端に1つずつしかなく、ちょっとした駅のようなものだ。掲示板を見ると、どうやら1日に10便程度の発着しかないようだ。しかもそのほとんどが"AH-24"の不吉な文字を掲示している。周りに話しかけて、モスクワ行きの客2組を見つける。これで一安心。
 06:15にチェックイン開始。ロシア人(大荷物)&アントノフ対策として早めのチェックインを行う。予想通り座席の指定はなし。手荷物検査も手早くこなすと、左に女性係官が2名座ったデスクがある。これが税関らしい。入国時に提示した申告書を再度提示すると、『今の所持金は?』と訊くので『$550』と答えるとあっさりOK.(入国時より少なくなっている必要があるらしい。)パスポートコントロールも難なく通過しBoardingの待合室へ。出来るだけ出口に近いほうを陣取っておく。20分も待っているとバス搭乗の案内があり乗車口へ。当然、出口に近いほうに頑張る。ようやく夜が明けようとしているが、吐く息は白い。機種は予想通りのアントノフ24. と、ここでロシア人の図々しさに敗れ去り、搭乗の順番が真ん中あたりに。しかし、なぜか搭乗口に近いほうの席が取られており、目論見どおり搭乗口の反対側・通路側を取ることが出来た。07:40に離陸。さらばウクライナ。前の客は盛んに十字を切っている。それだけは止めて欲しい。
 あ、暖房が入った。やれば出来るじゃないか。機内食として『何かの魚を焼いたものと白米を炊いたらしいもの@死ぬほど不味い』を口に押し込んだ後、暖房に誘われ眠る。アントノフも悪くないかも…などと思い始めたのが甘かった。約3時間のフライトの後、いざ着陸、という段になって、両翼についているプロペラエンジンの下に格納されたはずの車輪が出てこない! 特にアナウンスもなく、乗客も落ち着いていて、どうなるんだろう…などとやきもきしていたら、そのまますーっと胴体下の車輪のみで着陸してしまった。何の問題もない見事なランディングである。乗客の拍手も鳴り止まず。ソヴィエト空軍万歳。しかし、もうツポレフやイリューシンは嫌だなぁ…なんて贅沢はいわないことにします。何はともあれ、定刻より20分遅れの12:00(時計が1時間進む)にモスクワ・ブヌコヴォ空港に到着。
 この空港はローカル線専用らしく、リヴィウ空港並みの小ささ。しかも、直前にどこやらの国からの団体客が到着したらしく、2つしかない外国人用Passport Controlは一向に進まず。30分も経ってやっと私の番が来ると、日本で代理店が作ってくれていた出入国カードではダメで、改めて書き直し。その場で書き直させてはくれたが… 万一のためにと渡されていたサポートレターまで要求される。やはりロシアはロシアである。何とか突破してBaggage Claimへ行くと既に私の荷物は放り出されている。所持金は$3,000もないので、税関はグリーンラインを選択。と、係官は『ドルを見せろ』という。$100とか$50とかの単位で分散して保管してある封筒をいくつか見せると、『分かったから行け』とのこと。出口を出て、白タクの群れをかいくぐり、私の名前を掲示しているドライバーと合流。これでもう13:00. やれやれ。天気は快晴、気温も温かく、セーターは要らないかも。


 大通りを進んでいく。この車はぼろいためか、100km/h以上出ず、ほいほいと抜かれていく。木々も色づき始め本当に美しい。広告や看板が随分と多いように思う。古いビル群の中に新しいビルも立ち始めており、変化の激しさを伺わせる。このドライバー、英語が話せないくせにやたらと話しかけてくる。なんだかさっぱり分からん。
 中心部に近づくにつれ渋滞も激しくなる。排気ガスがひどいので窓を閉めてもらう。と、窓の外に、いきなり真新しい巨大な教会が現れる。1999年に再建された

『救世主キリスト聖堂』
である。5年前に来た折には『何か大きなものを作っているなぁ』と思っていたものだ。スターリン時代に爆破されてしまったものが、市民の寄附によって再建されたもので、現在のロシア正教の総本山となっているとのこと。
 そして、ついにクレムリンが窓の外に姿を現す。懐かしいの一言。前回も宿泊した"Hotel Russia"の側で車を降りる。ところで、運転中に何度も訊ねたにもかかわらず、09/28(Sun)のピックアップの時間を言わなかった。明日のガイドに訊いてみるしかない。
 車を降りたのはNorth sideだが、今回宿泊するのはクレムリンが見える方角であるWest sideなので、そこまで廻ってからチェックイン。時刻は14:00, 一刻も早くクレムリンに行きたいのだが、例によって登録のためにパスポートを預けると『3時間経ってから取りに来い』とのこと。3時間も何も出来ないのでは非常に困るので、30分後に知らん顔して行ってみるが、『3時間後っていったでしょーが。なくても大丈夫だからビビらないでもいい!』と言い返されてしまった。仕方ないのでそのまま外出。ついでに、$75を2,175ルーブル(以下P)に両替しておく。
 このホテルの(ほとんど唯一の)いいところは、聖ワシリー寺院のすぐ裏手にあるというロケーションである。サービスは悪い、部屋は汚い、TVは映らない…と、いかにも(名前通り)ロシア!なのだけど、この価格でこのロケーションは捨て難い。5分も歩けば聖ワシリー寺院である。色も高さも不揃いの塔が配された、しかし調和の取れた美しさは他にないものだ。見る角度によって全く違う表情を見せてくれる。(
)その横には
スパスカヤ塔
。子供の頃から、ソヴィエトのイメージとして抱き続けてきた塔だ。
 その間を通って聖ワシリー寺院の正面に出ると、そこがそのまま赤の広場である。(
)観光客の数が本当に多い。世界各地から来ているようだ。しかし、赤の広場は封鎖され、わずかにグムの前の歩道だけが通れるようになっている。そのままマネージ広場へ。すぐにクレムリンへと行きたいところではあるが、今夜のボリショイのチケットを受け取っておきたいところである。15:00でカウンターがいったん閉まってしまうらしいので大急ぎで
劇場
へ向かう。しかし、劇場の前の通りが横断できないことを忘れていた。信号で車列が停まった隙に大急ぎで渡る。劇場向かって左手にあるKACCAで日本から持ってきたプリントアウトを出すと、あっさりとチケットをくれた。(一応サインをさせられる。)ここまで簡単だとかえって拍子抜け。さて、今夜が楽しみである。


 マネージ広場の地下道を渡り、クレムリン見物へ。前回と同じく、トロイツカヤ塔下でチケットを買う。全ての寺院に入れるチケットで250P也。武器庫のチケットは全て売切れてしまったらしい。まぁ、明後日の朝イチにまた来るつもりだし。
 当たり前だが、クレムリンの中は変わっていなかった。ただ、観光客の数は増えた。団体の途切れる間がない。教会の集まっているサボールナヤ広場へ。ついに再びここに立つことが出来た。感慨無量である。ビザンツ帝国の後継者たるべく造られた教会群は、今もその威容を誇っている。
 入場の許可されている教会に入っていく。まずはクレムリン最大の

ウスペンスキー大聖堂
へ。かつてはツァーリが戴冠式を行った聖堂で、
内部
はイコンで埋め尽くされている。また、ナポレオンに奪われた金銀を取り返して作ったという重さ300kgのシャンデリアが下がっている。全ロシアの信仰の頂点に立っていたらしい。
ブラゴベッシェンスキー聖堂
は、皇帝とその一族のためだけのプライベートな教会だったところ。イコンやフレスコ画で埋め尽くされている。
アルハンゲリスキー聖堂
には、歴代皇帝の棺が安置されている。かつてはモスクワ一高い建物だったという
大鐘楼
も変わらず威容を誇っている。まさに、クレムリンは政治・宗教などあらゆる面でロシアの中心であったし、今も変わらずそうである。その威容・伝統を肌で感じることが出来るため、単なる美に留まらない、立ち去りがたい魅力を備えている。
 しかし、さすがに『世界遺産』のような優れた映像を残すことは出来ない。まだまだ私の腕はここの美にはるかに及ばない。この次に来るときは、クレーンを持ち込みたいくらいである。


 クレムリンを出ると17:00, ちょうど『無名戦士の墓』の衛兵交代をやっていた。ソヴィエト式行進が何ともいえずによい。
 バレエ見物を鑑み早めに夕食を摂るべく『地球の歩き方』に出ている『

レストラン・ゴドゥノフ』
へ。地図とは若干違う場所にあり、レストラン数軒が固まっている中の奥まったところにあるうえ、看板も装飾的なキリル文字で書かれているのだが、何とか見つけられた。予約でいっぱいとのことだったが、一人ということで何とか入れてもらう。洞窟のような造りで、内装も店員の衣装もロシア伝統を意識したレストランだ。価格表示がルーブルにしては安すぎるので訊いてみると『ユニット』だという。1ユニット=30Pくらいらしい。インフレ対策だろうか。安めのメインを頼んでみたところ、smoked duck strudelというもので、パイ生地のようなもので鴨肉・マッシュルーム・野菜などをロールしオーブンで焼き上げたものに、蜂蜜と果物をベースとした甘酸っぱいソースをかけまわしたものが出た。ロシア風春巻(ただしとてつもなく巨大な)といったところだろうか。これが、とてつもなく美味い! コクがあるのに少しも脂っこくなく、田舎っぽさをメインとしつつもどこか洗練されている。量もたっぷりとしていて、これだけで十分に満腹となる。パンも柔らかく、ほんのりと甘みがあって、何ともいえず美味。ロシアで初めて手放しで褒められるレストランだ。水も頼んで計540P也。明日も行こうかな。


 店を出て18:00, やはり不安なのでいったんホテルに戻りパスポートを受け取ってからボリショイ劇場に向かう。予想通りの大混雑。ロシア人よりも観光客が目に付く。日本人の団体も何組か。パンフレットと紅茶のペットボトルを買って自席へ。5列目の右から6番目、ちょうど舞台の中心方面が通路になる良い席だ。相変わらずボリショイの

内装
は美しい。これだけでも芸術だ。それにしても、まだソヴィエトの紋章は消さないようだ。垂れ幕も、鎌とハンマーに"CCCP"である。右隣はモスクワ在住の女性2人で、かなりお詳しいらしくいろいろ教えて頂いたのだが、垂れ幕は一時期替わったものの、元のデザインに戻されたのだそうな。微妙な問題である。ちなみに、やはりパスポートを持たないで外出するのはかなりヤバいそうな。
 演目は"Notre-Dame de Paris", あのヴィクトル・ユーゴーの作品の舞台化である。原作は読んでいないが、ディズニーのアニメなら観たことがある。(作品の出来云々ではなく、個人的にあまりいい思い出はない。)パリ・ボリショイ以外ではほとんど上演できないような大作らしい。なるほど、カジモド・エスメラルダ・フロロはもちろん、他の大勢のキャストにいたるまで表現力が要求されるのだ。相応のスタッフの厚みがないと支え切れないだろう。イブ・サン=ローランの手になる衣装など、全てが現代的・挑戦的な作品といえる。個人的には『個人の体の動きをいかに美しく見せるか』がバレエの主軸と解釈しているのだが、それに加えて『集団の動き』『衣装の動き』の美しさも見せようとしているのではあるまいか。ストーリーも十分に分かりやすい。最後は悲劇として終わるが、ディズニー版よりも数段納得がいく。カジモドとエスメラルダが主役なのは間違いないが、個人的にはむしろ物語を破滅へと導くフロロのほうに注目がいく。単独の踊りでも見事な表現力。やはりボリショイは素晴らしい。
 ただ残念なのは、公演中にフラッシュを焚いて写真を撮る輩が大勢いること。舞台をもっと大切にして欲しい。それに、芝居はその時限りで後に残らないところがいいんじゃないか、と思ったりもする。
 21:00に
ボリショイ
を後にする。余韻に浸り至福。外も寒くはない。
赤の広場
聖ワシリー寺院
スパスカヤ塔
のライトアップ撮影に挑戦。…∞設定にしてもピントが上手く合わないなぁ… スパスカヤ塔の上の赤い星が今も燦然と輝いているのは何となく嬉しい。これも一つの時代の象徴である。

Next Page

Return to Index