Suzdal

 08:30に起床。ゆっくりと眠れた。身支度をして09:00過ぎにかのレストランへ。あら、ちゃんと営業している。鍵を見せると一人分の食事が用意された席に案内してくれ、ほどなく豆腐のようなオムレツとブリヌイ(サワークリーム添え)を持ってきてくれた。
 レセプションに出向く。昨日とは違うおばさんが座っている。昨夜水が流れなくなってしまったトイレの修理の依頼をするとめんどくさそうに応対する。昨日のおねぇさんとはかなり違う。レストランの営業時間を聞くと"from 10pm"…だめだこりゃ。ここで本日の夕食を摂るという選択はリスクが大きいので諦める。


 スズダリは、ウラジーミルの北約35km(モスクワの北東約220km)に位置し、1024年の年代記にその名がある古都である。50以上とも100以上ともいわれる教会や修道院があり『黄金の環』の中でも最も魅力的な街といわれている。旧ソ連時代からリゾート開発が行われたが、町の中心部は景観を損なわないような配慮がなされ、『ロシアの心の故郷』ともいえるような風景が保存されている。ここで一日をゆっくり過ごすことが今回の旅のハイライトである。
 ポクロフスキー修道院を出て昨日と同様に

スパソ-エフフィミエフ修道院
へ向かう。昨日と何ら変わらない穏やかな風景だ。道端では鶏がしきりに餌をついばんでいる。ただし、天気は曇り、風が涼しい、というより少し冷たく感じられる。確実に秋が目覚めている。
 10分ほどでスパソ-エフフィミエフ修道院に着いた。ちょうど10:00, 門が開いたところだ。早くもロシア人の団体旅行客がいる。その後ろにつき、KACCAで『あぢーん(大人一枚)』とやると『要らない』という素振り。そうですか、と中へ。
 スパソ-エフフィミエフ修道院は1352年に建造されたそうな。城壁に囲まれ、中にはいくつかの教会がある。こうなると『地球の歩き方』にもほとんど載っていないので、LPを頼りに観光する。
 まず入り口にあるのは
ブラゴヴェシェンスカヤ玄関教会
で、いわば門の役割を果たしている。そこを潜り、左手にあるのが
修道院長の家
(Father Superior's Chambers)、その右手に接しているのが
ウスペンスカヤ教会
、そして正面に位置するのが
スパソ-プレオブラジェンスキー聖堂
、その右手には鐘楼。いきなり盛りだくさんである。曇っているので写真が撮りづらい。よりによって今日曇らなくてもよさそうなものだ。
 何といっても目を引くのはスパソ-プレオブラジェンスキー聖堂で、金の
玉ねぎ
を頂点にモスグリーンの玉ねぎが取り囲む。団体さんが中に入っていくのでついていこうとすると入り口のおばさんに止められた。チケットが要るらしい。いったん修道院の入り口に戻って掲示を見ると、ちゃんと英語でいくつかの建物に入るためのチケットの値段があるではないか。やる気のないスタッフだなぁ。全て込みで280P、それに撮影料が50Pとあるので、"all inclusive plus photo, please"とやるが、理解できないようだ。ロシア語で使えそうな単語は、というと…『ふしょー・びりぇーと・ふぉと、ぱぢゃーるすた』(全部のチケットと撮影チケットください)…めちゃくちゃだが、これで通じてチケット入手。改めてスパソ-プレオブラジェンスキー聖堂に入る。内部は
フレスコ画
で埋め尽くされている。モスクワのクレムリンやキエフの教会にあったものとそっくりだ。絵の技巧はそれほど高いとは思わないが、それだけに素朴な美しさがある。と、扉の向こうから男声の合唱が聞こえた。中に入ってみると、先の団体の入場に合わせて4人の男声が賛美歌を唄っていた。一切の楽器を使わず、聖堂の反響を利用して声だけで神の世界をつくっていく。脳が痺れるほどに感動した。玄関先でCDの即売をやっていて1枚購入。300P也。良い土産が出来た。今度は
鐘楼
で鐘つきのデモンストレーション。一人の男性が紐を巧みに操って多くの鐘を打ち鳴らしてメロディを奏でていく。これがまた非常に清楚で美しい。団体の後も悪くないですな。  スパソ-プレオブラジェンスキー聖堂の背後には
牢獄
。何かやらかした修道士を収容したのだろうか。その右手には
聖ニコラウス教会
。さらに右に廻って修道士の住居跡。ここは何かの博物館になっていて、先のチケットで中に入れた。中世の装飾品や十字架、それに昔の修道士の生活などが再現されている。が、全てロシア語なのでさっぱり分からん。ブラゴヴェシェンスカヤ玄関教会に戻ると、ここにも入り口があるので入ってみると同じような博物館。ただ、なぜか大砲の砲身が展示されていた。


 修道院を出てレーニン通りへ。ここにあるスモレンスカヤ教会は白い壁に銀の

玉ねぎ
が気品ある美しさ。レーニン通りを南下するとリツポロジェンスキー修道院へ。ここの
鐘楼
はスズダリでも一番高いそうな。ただ、鐘のあるべきところにパラボラアンテナがあるのは見なかったことにしよう。門を潜ると
リツポロジェンスキー聖堂
。また、この修道院もホテルを経営しているらしい。さらに南へ歩いたところにSberbankがあるので、念のためにUSD$70を1,992Pに両替。これで、入場料が高くても食事の値段が少々高くても土産を買っても大丈夫だろう。Sberbankの隣には
ラザレフスカヤ教会
。黒い玉ねぎに金の装飾がシャープな印象を与える。
 この辺りまで来ると賑やかになってきて、店も増えてくる。Trading Arcadesという地元の人向けの商店街があり、その向かいの公園では近所の農民?がジャガイモやらにんじんやらを並べて売っている。Trading Arcadesの西端に"Gostiny Dvor"というレストランがあるのだが、これまた作業員が(ロックをガンガンにかけながら)作業中。
 ここから南西にクレムリョフスカヤ通りを辿る。この辺りだけは観光地らしく土産物を売っている露天商がたくさん出ている。後回しにしてクレムリンへ向かう。と、いきなり木々の間から金の星をちりばめた青い
玉ねぎ
が顔を出した。クレムリンの門を潜って中に入ると、それが
ロジェストヴェンスキー教会
であることが分かる。どうして教会の設計がこういう可愛らしい発想になるのだろうか。この教会を廻ると木造の建物がある。
聖ニコラス教会
である。木造というのに、随分と複雑な形をしている。よくもバランスを保っているものだ。ちゃんと丸い
玉ねぎ
まである。もっとも、保存のためか内部には入れない。ここを過ぎるとクレムリンの土塁の上に出る。ひんやりとした風、さらさらという木々の葉ずれの音がちょっと感傷的。草原が広がり、彼方に教会が見える。いかにもロシア的な、牧歌的な
風景
。人工的な音が全く耳に入らない。


 12:30と昼食どき、ちょうどクレムリン内にレストラン"Trapeznaya"(ポクロフスキー修道院内の店との関係は不明)があるのでそこに入る。ここも現代音楽が流れているがまだしも控えめだ。英語のメニューはあるがウェイターは英語を解さない。『や・はちゅー』と言った後に食べたいものを指し示し、最後に『ふしょー』とやれば注文完了。Pork Suzdal, Rice, Baked Apple, Colaを注文。Pork Suzdalは、豚肉・ジャガイモ・林檎などをサワークリームベースのシチューに仕上げたものだった。ちょっとしつこいが悪くない。Baked Appleは標準レベル。勘定をするときは『すちょーと・ぱぢゃーるすた』とやる。計358Pと少々高めだが満足できる料理だった。ロシアのレストランの給仕は遅く、食事を終えたら13:30になっていた。


 クレムリンの土塁を降り、カメンカ川に架かる木造の橋を渡り、プシュカルスカヤ通りを南東に行くと、木造建築の博物館がある。入場料80Pと撮影料50Pを支払って中へ。まず右手にあるプレオブラジェンスカヤ教会に目が行ってしまう。何をどう考えたら、木でこういう形を造ろうなどと思いつくのか。日本も同じ木造文化ではあるが、考え方がまるで違う。玉ねぎ部分は菱形のパーツを組み合わせて形成しているようだ。(


 その隣にあるのがヴァスクレセンスカヤ教会。こちらはプレオブラジェンスカヤ教会に比べればシンプルに見えるが、よく見るといくつかの建物を連結したような形にも見える。(
) いやはや、人間の発想力とは素晴らしいものだ。この他にも木造家屋や風車などが保存されているが、何しろこの2つの教会のインパクトが強すぎる。素朴で複雑で繊細で力強くて、観ていて飽きない。


 博物館を後にしてプシュカルスカヤ通りをカメンカ川沿いにさらに東へ行くとレーニン通りと交差する。ここを北に辿ると、右手にまたも

教会
があるので、路地を折れて観に行くことにする。と、鉄製の
を半分くらいまで渡ったところで『くゎんくゎん…』という音とともに大きく揺れだした! 恐ろしくなったのでそーっと取って返す。木造の橋よりも鉄製の橋のほうが怖いとは… レーニン通りを渡り、再び
クレムリン
へ出て、カメンカ川の西岸の道を目指す。先ほどの木製の橋を渡ったところで、今度は北西に行く。道は小高い丘を登り、そこにLPにも出ていない
教会
がある。ここからはスズダリの
がよく見渡せる。あちこちにいろいろな形状・色の玉ねぎが顔を出している。これまでも、歩いていてふと木立から見たこともない玉ねぎが顔を出し、あれっと思うとすぐに隠れて別の玉ねぎが見えてくる。どれが既に見たものでどれがまだ見ていないものなのか、もはや見当もつかない。ビルだらけの現代の都会とは全く違う光景だ。
 さて、LPの地図上はここからまっすぐにカメンカ川を渡る
があるはずなのだが、実際にあるのはどう見てもただの野原とケモノ道。これを行けということだろうか。しょうがないのでてくてく歩く。道端ではばぁさんが牛の乳搾りをしている、なんとものどかな風景で、心が解きほぐされていくように感じる。少し歩くと再び家並みへ出るが、LPの地図と違い道はけっこう複雑。ここにもLPに載っていない教会があり、その前では
女の子達
がブランコで遊んでいる。なんとも懐かしい光景だ。ここに川を渡る木造の橋があり、これを渡って右へ行くと、坂を上ってTrading Arcadesの横に出ることが出来た。


 ここに来て太陽が顔を出し始め、暑くなってきたので、ジャケットを脱いでカバンに押し込める。カフェにでも入って一休みしたいところだが、音楽をかけていない店がない。露天商を冷やかしていると、ばぁさんが何やら飲み物を売っている。LPに『名物』と出ている"

Medovukha
"だ。ただ、アルコール入りらしい。『にぇ・あるこほーる?』(…ちゃんと勉強している方がご覧になっても怒らないでください。)とやると、それらしきものを出してくれた。350ml入りで25P也。Trading Arcades前のベンチで休みつつ飲んでみる。オロナミンCにコーラを混ぜて、さらに黒パンを入れたような味、といえば少しはご想像頂けるでしょうか。と、顔が火照ってくる。アルコール入りではないか! 見知らぬ街で酔っ払うなど、『全財産身ぐるみ貴方に差し上げます』といっているようなものだ。少し眠気も差してくるが、必死に頑張る。幸い、ごく弱いものだったらしく、30分ほどで醒めた。この時は本当に焦った。
 さて、かなり晴れてきて暑くなってきた。光量も増えてきている。何故もっと早く…といっても仕方がないので、とりあえず黒玉ねぎが印象的なラザレフスカヤ教会に行ってみる。青い空に教会の白い壁と黒い玉ねぎと金の装飾が見事なコントラストだ。(
) 一口にロシア風の玉ねぎといっても実にいろいろな種類があり、受ける印象も違うものだ。ここも高台のようになっており、森を隔てたクレムリンの
風景
が見事。


 時刻は16:30, 陽が長いとはいっても、19:00過ぎには夕食を終えてホテルに戻っておきたい。となると、17:30には夕食としたいが、この近くで音楽がうるさくないレストランというと、昼間も行った"Trapeznaya"くらいしかない。食事前に、露天商で友人用のお土産を探すが、みんな同じものを同じ値段で出していて、しかも買いたくなるようなものが見当たらない。売り子も全くやる気がなく、売り込むどころか、客に背を向けておしゃべりをしている有様。まぁ、こちらは気楽に見られるのでいいけど。同じものを買うなら健気な女の子から買いたい(^^;)が、そんな娘もいないので、たまたま他の客の相手を終えた娘から買った。
 クレムリンへ戻ると日本人のご年配の団体観光客がいた。中の一人から声をかけられたので話をすると、一人旅ということにかなり驚かれ、他の方々も周りに集まってきてしまった。私なんぞよりも、

ロジェストヴェンスキー教会
聖ニコラス教会
のほうが余程面白いと思うのだが。まぁ、無事に旅を続けて頂きたいものである。団体さんと別れて先ほどのクレムリンの土塁の上へ。傾き始めた陽がスズダリの街と周囲の野原を照らす。時間と空間の広がりを実感できる、平穏な光景だ。現代ではかえって求め難い時間をしばし味わう。
 17:30になり"Trapeznaya"へ。『もう夕食を摂るのか?』という顔をされたが席へ案内される。Pelmeni, Potato, Crepe Royal, Teaを注文。Pelmeniは煮込んだ壷ごとのサーブで、サワークリームがかけ回してあった。しっかりした皮と挽肉のあんのバランスが好い。Crepe Royalは、厚めのブリヌイに昨日のデザートと似たような蜂蜜ベースのソース。これならばクレープとの相性も好い。Teaは、リプトンではなく葉から出しているのが嬉しい。計348P也。


 予想通り、食事を終えると18:30になっている。レーニン通りを北へ戻り、スパソ-エフフィミエフ修道院でホテルへ戻ることにした。途中、昨日も入った店で水を調達。『みねらりなや・ぼーだ、びず・がーざ、ばりしょえ、あぢーん、ぱぢゃーるすた』(ミネラルウォーター、ガスなし、大きいの、1本、下さい)(…ですから、怒らないでください。)で、1.5l入り1本を11Pで調達。

スモレンスカヤ教会
が夕陽に映えて美しい。スパソ-エフフィミエフ修道院は18:00で閉まったようだ。横の高台から
夕景
を観賞。今日もスズダリの一日が平穏に暮れていく。これまでも、同じような毎日が繰り返されていたのだろう。私が経験したのはその中のたった一日だけだったが、何ともいえず心身がゆったりとしていくのを実感した。これほど時間が平穏に流れていたのは、いつ以来だったろうか。そして、心の平穏に対して風景がどれほど大きな影響を持っているのか、ここスズダリで実感した。野原と森と教会の玉ねぎが不思議な平穏をもたらしてくれる。願わくは、スズダリが永遠にこのままであることを願う。それほどに素晴らしい街であり、素晴らしい一日だった。本当に来て好かった。


 ホテルへ戻ると、レストランが営業していた。失敗したけどまぁ仕方がない。明日の昼食でも食べてみよう。
 これで、今回の旅のハイライトも終了し、前半戦も終了。明日以降は徐々に戻る旅となる。まずは、ウラジーミルに戻り、"Hotel Erlangen House"のおねぇさんにパスポートの登録をしてもらわねばならない。昼食を摂った後にホテルでタクシーの手配を頼み、14:00くらいまでにウラジーミルに戻ることを考えている。もう一度気合を入れていこう。


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