Prologue

 昨年チベットから帰った直後から、漠然と『次回はコーカサスかな』と思っていた。そこに、『旅行人』のコーカサス特集に後押しされるような形となり、例年通りGW明けから、旧ソヴィエト・東欧圏の旅行でいつもお世話になるユーラスツアーズさんに依頼し手配を開始した。
 『旅行人』の特集では、グルジア・メスティア地方がとても魅力的だったのだが、見積が予算を遥かに超えていたため、当初の計画通りにバクー・トビリシ・エレヴァンと各国の首都を巡る旅とした。手配は順調に進んだが、フリーツアーを利用したために日程の延長が出来なかったのが少々悔しい。トビリシ滞在を1日延ばして、グルジア軍用道路に行ってみたかったのだが。
 驚いたのはアルメニアのビザで、なんとjpgファイルのカラーコピーである。インターネットで申請・発行するということなのだが… アルメニアへの入国は夜行列車となるので、入国審査で問題がなければいいのだが。
 もう一つの心配はモスクワ・シェレメチェヴォ空港での乗り継ぎで、2年前から新ターミナルに移っており、連絡通路で行き来できるようになっているとのこと。ただ、運用しているのがロシアである以上、何かトラブったらとんでもなくややこしい事になるに決まっている。
 今回の旅でアゼルバイジャン・グルジア・アルメニアを訪れるので、8年ぶりに旧ソヴィエト連邦内共和国の訪問国数が増えることになった。


 12:00発のSU586で出発。前方通路側で予約されていたのは有り難い。バクー行きSU145の搭乗手続きまで完了し、ボーディングパスが発行された。以前は、手荷物だけ最終目的地までのタグがつくのに、人間の乗り継ぎ手続きはシェレメチェヴォでやらなければならなかったのだが。節電のためか、成田のロビーが薄暗い。しかし出国者はたくさんいる。
 4年ぶりのアエロフロートは、座席と通路がさらに狭くなったように思える。ただ、全ての座席にUSBポートがついており、スマートフォンを充電できたのが有り難かった。機内食も箸が折れるほどに固い肉で、まさにSUに搭乗している実感が湧いてきてすっかり嬉しくなる。時差を考えるとあまり眠るわけにもいかず、iPodだけが頼り。
 17:00(時計が5時間戻る)にモスクワ・シェレメチェヴォ空港に到着。初めてのターミナルDだ。やたら小綺麗でとてもロシアとは思えない。案内のとおりに、まずはInternational Connectingで乗り継ぎ手続きをしようとする。カウンターが円形に造られていて、並ぶことを考慮してないような設計なので、予想通りに混乱している。もっとも、既にSU145のボーディングパスを持っているので乗り継ぎ手続きも必要ないのでは?と思い当たり、そのままPassport Controlへ。やはり、ボーディングパスさえあれば問題なく通過できた。その直後にSecurity Checkがあり、手荷物検査(靴も脱がされる)を受ければ完了。30分で終わるとは、ロシアとは思えないスムーズさであった。(多くの日本人は文句を言っていたが。)


 ターミナルDの搭乗側に入った形になる。免税店もカフェも少ないし小綺麗だし、いまいち面白くない。そのまま歩くとターミナルEに入る。ここからSU145が出る予定だ。ディスプレイには、SU145の搭乗ゲートは37番と表示されている。このターミナルはさらに店が少なく、空きスペースも広い。これから店がオープンするのだろうか?
 どうも面白くないので、さらに歩いてターミナルFへ。昔のシェレメチェヴォIIである。ここは昔のまま雑然としていて、ロシアに来た実感が沸いてきた。ただし、人が多いせいかやたら暑い。
 2階にある免税店も健在で、種類は減ったもののロシアのチームのユニフォームも売っていた。ソヴィエトばりばりのシャツを1枚購入、2,500ルーブル也。
 もっとも、他に買いたいものもないし、空腹でもないので、ターミナルEに戻る。現在18:40, 搭乗開始までまだ1時間以上ある。昨年のように失敗するかも…と焦るよりは何万倍もましだ。


 20:00に搭乗開始。本来は眠ってはいけないのだが、最近は飛行機に搭乗して席に着くとすぐに眠ってしまう。20:35に出発予定だったのだが、21:00に目を覚ましてもまだ離陸していなかった。再び眠ってしまい、目を覚ますとさすがにもう飛んでいた。ここでも固い肉の機内食が出る。眠気と戦うが、気がつくと寝落ちしてしまう。なお、CAさんがめちゃくちゃ綺麗だったことを書いておかねばならない。
 定刻より約1時間遅れの00:45(時計が1時間進む)にバクー・ヘイダルアリエフ空港に到着。入国カードを書く必要もなく入国審査もスムーズに完了。ただ、預託手荷物がなかなか出てこず、結局ロビーに出られたのは01:15だった。待ってくれていたガイドさんと合流し車に乗る。眠い。


 車窓の夜景を静かに観ていたかったのだが、ガイドさんがアゼルバイジャンの歴史などを(英語で)喋りまくる。アルファベットが似ているな、とは思っていたが、アゼルバイジャン語はトルコ語とほぼ同じなのだそうな。さらに、同じ言語グループに属するということもあり日本が大好きで、逆にアゼルバイジャンを苦しめているのは全てロシアとアルメニアのせいらしい。アルメニアとの戦争に敗れ、ナゴルノ・カラバフはじめ領土の2割を奪われ、2万人の市民が亡くなったのも、全てアルメニアと支援したロシアのせいという見方をしていた。『ロシアは諸悪の根源だ。日本も北方領土と南樺太を奪われているではないか。』『しかし、ロシアを排除したパイプラインの完成により、アゼルバイジャンは自国の石油を自国のために使えるようになった。』 大震災についても、毎日祈っているのだそうな。
 01:50に"Hotel Sunrise"にチェックイン。細かいことは全て明日に廻してさっさと眠る。


Next Page

Return to Index