07:00に起床し、シャワーを浴びて、08:00過ぎに地下のバーで朝食。500ml入りの水のペットボトルが取り放題だったので2本ちょろまかす。09:00に観光を開始。近所の両替屋でUSD50を82.35ラリ(以下GEL)に交換した。
トビリシは、既に4世紀の文献には現われているという、歴史ある古い街である。5世紀には首都と定められるが、その後幾多の王朝・帝国の侵略・支配を受けつつも、現在はグルジアの首都となっている。
いつもどおりに、まずは土地勘を掴むために歩いてみる。トビリシ最大の見どころであるカラ(旧市街)の中にホテルがあるが、道筋が複雑すぎて地図でみても全く分からなかった。ところが実際に歩いてみると、
の真裏にあったことが分かった。最高のロケーションだ。まずは、旧市街の南の端にあたるへ。広場というよりは交差点にしか見えないが。川を挟んで反対側の高台にがある。5世紀にトビリシを首都に定めた王が宮殿を築いたところだそうな。には小高い丘に家並みが昇っていき、その頂にはナリカラ要塞が聳える。絵になる光景だ。
ゴルガサリ広場から、旧市街の中心であるLeselidzis通り(どう発音していいか分からないものは英文表記とします)を戻る。程なくジュヴァリス・ママ教会に戻った。堅牢という言葉が相応しいごつごつとした造りだ。華美な装飾はないが、信仰の力強さを感じる。通る人の多くも十字を三度切ってから歩き出す。イスラーム世界からキリスト教世界へ入ってきたわけだ。(・)
を進む。緩やかな登り坂となっているうえに路面が平らでないので距離以上に疲れる。ただ、街路樹が木陰を提供していて心地好い。天気も晴れ、気温も20℃には達していないのでそれなりに歩き易い。15分ほどで、北の端に当たるに出た。広場の中央に建つ柱の上には、グルジアの守護聖人である聖ゲオルグの金色の像があるが、昔はレーニンの像があったらしい。ここに地下鉄の駅があるはずなのだが見当たらない。地下街を通ってルスタヴェリ通りへ行くとすぐに駅があった。
ところで、この通り沿いにAdidasとNikeのショップを見つけ、しかもAdidasではディナモ・トビリシのユニフォームを売っていた! キエフ・モスクワ・ブカレストと集めたディナモコレクターとしては見逃せない。ただ、ほとんどが2XLばかりで、わずかに黒のユニフォームでXLの在庫があるのみ。しかも、エンブレムがグルジア語表記ではない。他でも売っていることを期待して、いったん買わずに出た。
通りをたくさんのマルシルートカが走っている。使いこなせればかなり楽なのだろうが、いかんせん行き先も何も全てグルジア語表記しかないので絶望的に分からない。からして…
Leselidzis通りを戻り、途中で外れて旧市街の中に入る。彩り豊かな古い住宅が密集している。崩れそうなものもあれば、新しいものもある。(
・・) しかし、LPの地図とは比べ物にならないほどの多くの道と曲がり角があり、あっさりと迷子に。しかも、通りの名称の標識もグルジア語表記のみで、現在位置が掴めない。うろうろ歩いていると、いつの間にか川沿いの大通りに出てしまった。このまま、いったんゴルガサリ広場へ戻ることにする。途中に、ガラス造りの現代的ながかかっている。橋を過ぎると、右手に大きな教会が見えてきた。これがらしい。
ゴルガサリ広場から、今度はShardenis通りに入った。昔はこちらが中心だったとか。洒落たカフェやバーやレストラン、ジュエリーショップなどが軒を連ねているし、欧米系の旅行者もたくさんいる。トビリシを訪れる観光客が増えているのだろう。
さらに行くと、再びに出た。グルジア正教の総本山で、6世紀頃に創建されて以降、破壊と再建を繰り返したそうな。何となくヘタウマな感じのイコンがかえって素朴な信仰という印象である。幾度となく侵略・支配された中で信仰を守り通すために、ひ弱な装飾は不要ということだろうか? そういえば、キリスト教系の教会をじっくり見るのは何年ぶりだろうか?
スィオニ教会を後にしてさらにいくが、このあたりから地図が怪しくなってくる。道路工事や建物のリニューアル工事も多く、自分がどこにいるのかさっぱり分からない。まぁ彷徨っているだけで面白いからかまわないが。(・・・・)
12:00に近くなったので、Leselidzis通り沿いの"Shemoikhede Genatsvale"で昼食を摂ることにした。仔牛の炭火焼と訳されていたMtsvad, グルジア風餃子のKhinkalを1個, それに水を注文。Khinkalは餃子そのものだが、中身が妙にしょっぱかった。そしてMtsvadだが、つまり小さなステーキが5個並んでいるだけだった。しかも、バクーと違いここではパンもつかない(まぁ有料だったのだが)らしく、ひたすら焼いた肉を食べるはめに。もっとも、味自体は好かったが。計GEL18.60を支払った。
午後は、郊外の見どころであるムツヘタへ向かうことにした。LPには地下鉄Didube駅からマルシルートカで行けるとあるので、
で切符売りのおばさんに訊ねると、やはり前払い式のICカードシステムが採用されていることが分かったので、身振りで『4回分』と示すと、GEL4を請求された。勘違いされたかな…と思ったが、改札機に当ててみると、1回の乗車当たりGEL0.5らしい。保証金がGEL2ということかな?
延々と下るエスカレーターに乗る。照明も薄暗く、いかにも旧ソヴィエトの地下鉄だ。この点でも、今回の旅は嬉しい。さて、ホームに着いてみると、行き先表示までもがグルジア表記のみ。だが、駅名リストの中で一つだけ緑色で表記されているものがある。それを乗換駅となっているVagzlis Moedani駅と推定すれば、それだけでどちら行きに乗ればいいか簡単に分かる。で、乗ってみると、なぜか車内アナウンスには英語があり、この推定が正しいことが分かった。
6駅ほどでDidube駅に到着。LPの記述どおり地下道を行くと、最初のバスターミナル。…というより、バスの溜り場。周囲でも開かれており、なんともいえない混沌とした雰囲気がもうたまらない。
さて、ムツヘタ行きは、ここを過ぎて道路を渡り、建物の後ろの第2のターミナルから出る…とあるが、ここもまたなかなかの混沌っぷり。マルシルートカの行き先もグルジア語でしか表記されていないし、そもそも切符売り場も分からない。と、取り囲んでいる店の一つが何となく切符売り場っぽい気がしたので、LPで『ムツヘタ』とグルジア語で表記しているページを見せると、『左手の別の売り場に行け』といわれた。行ってみると、また別の売り場があったので同様にやってみると、切符を売ってくれた(GEL1也)。マルシルートカはすぐ目の前から出るとのこと。周囲を見てみると、LPを持った旅行者がたくさんいた。なんだ、こいつらを目印にすればよかった。15人乗りくらいなのですぐに満員となり、13:10に出発。
トビリシ市街を外れると、山並みに挟まれた川沿いの道に出る。なぜか信州あたりを旅しているような気がした。空気も爽やかで、満員のバスもさほど苦にならない。15分も行くと、山の上に大きな教会が見えた。ムツヘタのシンボル、ジュヴァリ修道院である。さらに5分ほどでマルシルートカが停まり、ここで降りるようにいわれた。どうやらムツヘタの中心街近くで旅行者を降ろしてくれるらしい。
5分ほど歩くと、またも大きな教会の横に出た。スヴェティツホヴェリ教会である。4世紀にグルジアの国教がキリスト教に定められた際の最初の総本山で、現在の建物は11世紀頃に建造されたものだそうな。その後、総本山はトビリシに移ったが、歴代の王族はここに埋葬され、さらに現在でも活動中なのだそうな。グルジアのキリスト教の歴史は本当に長い。
中に入った瞬間に圧倒された。力強く、強固な信仰を感じさせる。ここまで来れて本当に好かった。内部を何度も廻った。(
・・・・)
もっとも、ムツヘタの街そのものは、他に特に見どころはなさそう。家並みも皆同じようにリニューアルされていて、新興観光地という印象。でも、どれだけの観光客がここで食事したり宿泊したりするかなぁ…(・)
に行くには山登りをしなければならないので、諦めて眺めるだけにする。グルジアの教会には、新しい街並みよりも、山・古い街並み・廃墟こそが似合う。
トビリシに戻るつもりで、マルシルートカを降りたところに戻ったつもりが、どうも違ったところに出てしまったようだ。タクシーの運転手がしきりに声をかけるが、まだ諦めずに停留所を探すと、少々登ったところにLPにあった停留所らしきものがあった。バス待ちをしていたおばさんに声をかけると、流暢な英語でトビリシ行きはここから出ると教えてくれた。すぐにマルシルートカも来たので乗り込んだ。まだまだ私の勘も死んではいないようで少し嬉しかった。
14:50に、出発地点の
に戻った。おばさんに礼を言ってDidube駅に戻る。ところで、ここは地上駅なので、これまで果たせなかったを撮影することが出来た! まだまだ現役です。内装はもっとすごいです。
ルスタヴェリ駅で降り、
で一休み。ここでもwi-fiを無料で使えるのが魅力的。15:40に外に出て、ルスタヴェリ通りを南へ歩く。帝政ロシアが整備した、現代のトビリシの中心街である。想像以上に豪華な建物が多く、カフェやブランド品をはじめとした店も多い。歩道も広く、華やかな通りである。(・) 小一時間も歩くと、タヴィスプレビス広場に出た。先ほどのAdidasを再び訪れ、先ほどのディナモ・トビリシのユニフォームをGEL85で購入。XLだから着る機会もないかもしれないが、ディナモ・トビリシのグッズを買う機会もなかなかないだろうし…
Leselidzis通りを戻り、途中のワインショップで両親向けのお土産としてセミスイートの赤ワインを購入した。グルジアは、世界で最も古くからワインがつくられたところとしても有名である。いったんホテルに戻り、ワインやユニフォームを部屋に置いた。なお、パスポートと明日の列車のチケットもちゃんとフロントに預けられていたのを受け取った。
17:00に再度外出。すぐ近くの丘の上にあるナリカラ要塞から街を眺めてみることにした。ところが、この登りが予想以上にきつい! サンフランシスコの坂よりもきついかもしれない。しかし、登りきった後の景色はそれに見合うものだった。この要塞も4世紀頃までにさかのぼれるものだそうな。日本での知名度は必ずしもまだ高くないかもしれないが、トビリシも十分に長い歴史を感じさせてくれる古都である。(
・・)
さて、トビリシには、これまた歴史ある天然温泉の公衆浴場があるというので、出発前から楽しみにしていた。いったん坂を下りての中を少し歩くと、イスラーム風のがある。その横に、があるが、これも公衆浴場だ。こちらに、GEL3を支払って入った。かのアレクサンドル・デュマやプーシキンも、ここでの入浴を楽しんだのだそうな。
既に10人くらいの先客がいる。水泳用パンツを持ってきていたのだが、周囲を見るとそんな雰囲気でもないので着けずに入浴することにした。手拭を持ち込む習慣もないらしく、いささか心細い。GEL5でマッサージを頼めるらしいが、こちらは断った。
さて、肝心の湯であるが、硫黄の匂いが強くぬるっとしたもので、ややぬるいくらいだが実に心地好い。日本の温泉にここまで近いとは思わなかった。浴槽が深く、ぎりぎり口を水面から出せるくらいだった。
中2階にはサウナもあるがそちらには入らず、ひたすら湯だけを楽しんだ。おっさん達はビールなどを持ち込んで楽しんでいる。気取らない庶民の社交場だ。
約1時間で外に出たが、予想以上に快適だった。明日も出発前に入ろうか、とも思ったが、トラブルの種は出来るだけ避けることにしておこう。
夕食は、Shardenis通り沿いの"Konka"で、Apkhazura(メインのリストの中で一番上にあったので), 店員お勧めのデザートにカプチーノとした。Apkhazuraは、スパイシーな羊肉の肉団子をサワークリームをつけて食べるというものだった。美味しいのだけど、そろそろ肉以外が食べたい… お勧めデザート(名前分からず)は、あられを蜂蜜漬けにしたようなものだった。計GEL26.30を支払った。ついでに、偶々立ち寄った雑貨店で、勤務先向けのお土産(グルジア文字表記)を購入した。
明日は、この旅のクライマックスの一つである、エレヴァンまでの夜行列車での移動が控えている。19:30にMarikoさんがホテルに迎えに来て、20:30に列車が出発する予定だ。それまでは、旧市街やルスタヴェリ通りをうろついてみようと思う。今年の旅もはや後半戦。
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