07:00起床。天気は快晴、今日も暑くなりそう。今日は、今回の旅のハイライトの1つである『沿ドニエストル共和国』を自称するエリアへのガイドツアーである。
『沿ドニエストル共和国』とは、モルドヴァ東部の地域が事実上独立している地域で、モルドヴァの実効支配が及んでおらず、ロシアの『平和維持部隊』が駐留し、独自の通過(沿ドニエストル・ルーブル)まで発行している。過去にはモルドヴァとの間で戦闘もあったが、現在は小康状態を保っている。しかし、今年のウクライナ情勢を見ると、不幸にしてこの小康状態が崩れることも否定し切れないので、早いうちに見てみたかった。
しかし、地図すらないこの地域、いくら治安は良いという事前情報があるにしても1人で入ることには不安だったので、viatorでガイドのOlegさんと連絡を取り、車でガイドしてくれる予約を手配しておいた。9時にOlegさんがロビーに迎えに来てくれる手筈となっている。
8時に朝食を摂りにレストランへ。ああもう、このレストランの内装も完璧だ。朝食を終えた後にいったん部屋に戻り、身支度を整えて、ロビーでOlegさんを待つ。
9時にOlegさんが来てくれた。分かり易い英語を話してくれる、親しみやすい方だ。車中、モルドヴァの歴史について語ってくれる。『ルーマニアは、ワラキア・トランシルヴァニア・モルドヴァの3つの地域からなる。モルドヴァは、もともと現在ルーマニアのヤシを中心とする地域だった。』『ルーマニアは3度異民族の支配を受けた。ローマ、オスマントルコ、そしてロシア。ロシアの支配が最悪で、ロシア人を植民し、国土を分け、国そのものをなくした。モルドヴァも、このときに一部だけが別の国家に分けられた。』『以前のルーマニアは黒海に面した地域も領有していたが、スターリンの時代にその地域はウクライナに割譲され、代わりに沿ドニエストルがモルドヴァに組み込まれた。ウクライナに割譲された地域が戻ってくるならば、沿ドニエストルを手放してもいい。』『一時はルーマニアとの再統合の機運もあったが、格差がついてしまっているので、今は別の国であるほうがいいと考えている。』『沿ドニエストルは、ロシア人とウクライナ人が多い地域なので、ソヴィエト時代に投資が集中し、モルドヴァでも最も豊かな地域だった。』など。こういうことを事前に知っていると、これから観るものの意味も少し変わってくる。一方で、車窓はあくまでも長閑な農村の風景。
1時間ほど走ると、簡単な
が見えてきた。ここはモルドヴァ側が設けているもので、当然に国境ではないので、沿ドニエストル側からの車輌の簡単な荷物検査をするだけだ。ここを過ぎると。そして、いよいよ沿ドニエストルのである。この検問所では(ロシアの支援で)コンピューターが導入され、面倒な書類記入がないらしい。パスポートを係官に渡すと、ほどなくしてコンピューター入力された入国カードが挟まれて返された。スタンプはない。スムーズに検問所を通過でき、いよいよ沿ドニエストルに入った。看板が全てロシア語表記となったことがまず目に付く。
ここはベンデルという、沿ドニエストルで2番目に大きい街だそうな。5分ほども走ると何かの記念碑がある。この周囲に教会や団地、工場等があるのだが、恐ろしいほどに静かで何の物音もせず、車輌もあまり通らない。背後の墓地は、モルドヴァと沿ドニエストルとの戦闘で亡くなったロシア軍兵士の墓だそうな。(・・) が目に付くが、これは沿ドニエストルの経済を事実上支配している、大統領一族が経営するシェリフ・グループの店とのこと。もある。
再び車に乗り、ベンデルの街に入るが、人気がほとんどなく、まるでゴーストタウン。道路もがたがた、しかも、迂回ルートの看板もなしでいきなり工事で通行止めにするので、Olegさんも道に迷うほど。(
・) 途中、塀に囲まれた『平和維持部隊』のに行き当たるが、堂々とロシア国旗を掲げており、Olegさんも見たことがないとかで驚いていた。
しばらく行くとようやく大きな通りに出た。車輌も増えてきたし、おんぼろながらトロリーバスも走っている。歩いている人や店を見かけるようにもなってきた。踏み切りもあるが、鉄道は運行されていないらしい。(・・・・・)
大きなソヴィエトの紋章と星ののところで、写真撮影のために停めてくれた。もっとも、こんな記念碑が至るところにあるとのこと。(・)
その言葉通り、少し行くと、今度は。このあたりは、ソヴィエト軍と枢軸国軍(当時のルーマニアは枢軸国側)の激戦地だったのだそうな。また少し行くと、今度は沿ドニエストルのである。を置くのはもはやお約束、というのはよく分かった。ドニエストル川を渡る橋に近い要衝であり、このあたりで行われた戦車での戦闘の映像を後で見せてくれるという。
を渡り少し行く(・)と、大きな真新しいがあった。モルドヴァのサッカーリーグで上位にあるFCシェリフ・ティラスポリの本拠だそうな。…と聞けば、やはりチームのシャツが欲しくなる。その旨を話したところ、帰路にショップに寄ってくれるそうな。少し行くと、いよいよ『首都』ティラスポリに入る。それにしても、こんな真新しい"CCCP"の看板を観ることが出来ようとは…(・)
ティラスポリに入ると、さらに人も車輌も店も増えてきた。ようやく人が暮らしているという実感がしてきた。(・・) の傍で車が停まり、降りて歩く。に面した広場のを見てみる。古着や古本、ソヴィエト時代のバッジなどが売られているが、特に土産になりそうなものは見つからなかった。が建っている。その背後には。その前には、工業・葡萄・ドニエストル川を意匠化したと。
大通りをさらに少し行くと、中央分離帯にはの看板が掲げられている。その右手の広場に、高々と掲げられた誇らしげな、その背後に大統領宮殿が建っている。写真を撮っていると、大統領宮殿から警官が出てきた。ここで写真を撮るのは良くないらしい。(・) ミンスク同様、いやそれ以上に、ここではソヴィエト的な権威が今も活きていることを肌で実感した。
を眺めながら道路を渡るとがある。もっとも、観るべきものはないらしい。博物館の玄関には、アフガニスタンでの戦争で亡くなった兵士のがある。(『ロシア人を守るために、ソヴィエトはたくさんのモルドヴァの兵士をアフガニスタンに送ったんだ』そうな。) 博物館に相対して、。ソヴィエトのT-34への愛は凄まじいですね。周囲に人気もなく、暑さや陽射しも相俟って、現実を超えたような不思議な感覚を覚える。
川のほうに向かうと急に人が増える。川沿いはになっていて、木陰と川風が心地好い。対岸にはもあり、遊んでいる人も多い。
一休みしようということで、再び車に乗り、街を行く。こちらのほうが街のメインストリートなのだろうか、真新しい建物も増え、人も車も多くなった。(
・・) 5分ほど走ってカフェへ。多くの客で混雑しているが、ほとんど観光客ということで、Olegさんも驚いていた。アップルフレーバーのアイスティーを注文。大きなポットに、ミントとレモンを浮かべて供される。爽やかでとても美味しい。いいリフレッシュになった。スマートフォンで、先ほどの戦闘の映像を見せてもらった。つい先ほど走った道を戦車が進む光景には恐ろしくなった。
カフェの近くには、がある。ここは、ティラスポリ市ソヴィエトがあったところなのだそうな。再び車に乗り、小さなのところで停まり、少し散策した。
ここから帰路に入った。約束どおり、スタジアムのFCシェリフ・ティラスポリのショップに寄ってくれた。シンプルなチームシャツを買うことにするが、150沿ドニエストル・ルーブルとのこと。MDL195でもよいとのことなので、MDL200札1枚を出すと、Olegさんが『お釣りは、綺麗な沿ドニエストル・ルーブルで』といってくれ、1ルーブル札5枚を入手。これもいい記念になる。『シェリフ・ティラスポリのグッズを欲しがったのは君が初めてだ。』そうな。もっとも、このチーム、運営母体の企業ロゴ(あの『シェリフ・グループ』だ)が前面に出ていて、ティラスポリの文字もないのがちょっと寂しい。
再びドニエストル川にかかる橋にかかるが、その手前右手に
がある。昔からある要塞で、今も沿ドニエストルの部隊が駐留しているのだそうな。
ベンデルの街を過ぎ、検問所へ戻ってきた。直前に、入国カードの写真を撮っておいた。検問所でパスポートを係官に渡すと、特に何も訊かれず、入国カードを回収しただけでパスポートが返された。モルドヴァ側の検問所でも、形ばかりの車内検査を行っただけ。長閑な道を、キシナウに向けて戻っていく。
15:10に、中心部で車を降ろしてもらった。予約の際の手付金を除いたEUR65に、時間延長(1時間)と素晴らしいガイドの例としてEUR10をつけて支払った。プロのガイドさんで、何の心配もなくツアーを終えることが出来た。
さて、昼食も摂らずにこの時間になってしまった。カフェでケーキでも食べて、夕食はサンドイッチくらいにしておきたいところである。LPなどで紹介されていたカフェ
に行ってみた。内装も好いが、メイドさん衣装の店員さんもなかなか好い。ケーキだけでなくキッシュもあったので、キッシュ・ロレーヌ、ストロベリーケーキにカフェ・ラテを注文。どれも美味で、疲れを癒してくれる。心地の好いカフェで、16:30過ぎまでだらだらと休み、計MDL91を支払った。
昨日通りかかった『勝利の門』背後の公園を歩く。ここも木陰が心地好い。シュテファン大通りを渡り、今日はブクレシュティ通りをホテルの方角へ歩いてみる。昨日と同様、大通りよりもこちらのほうが心地好く歩ける。30分ほどでホテルまで戻った。(・・)
ホテルの近くにがあるので行ってみた。特に欲しいものもなかったが、4階にはスシ・バーがあった。内装もなかなか。どのようなスシを出すのだろうか…
ショッピングセンターの隣にスーパーマーケットがあったので入ってみると、サンドイッチこそなかったが、ロシア系の料理の総菜屋があったので、久しぶりにブリヌイを3つ買って夕食にすることとした。それに加えて使い捨てのフォークや水2Lで計MDL50を支払った。18:00にホテルに戻った。
数時間の短い滞在ではあったが、『沿ドニエストル共和国』の風景は、これまで訪れた社会主義系の国々とも少し違う、独特の非現実感があった。いつの日か、このエリアにも何らかの変化があるのだろうか…
明日は、モルドヴァで最も美しい見どころともいわれる、オルヘイ・ヴェッキを訪れる。今日と同様に、別のガイドさんに車で連れて行ってもらうツアーである。今年の旅も終盤に入った。
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