06:30起床。今日は、ヒヴァまで約400kmを車で移動する予定である。チェックアウトのための荷造りを進めつつ、長時間の車での移動に備えて、1.5リットルの水、塩飴、カロリーメイトも準備し、陽光対策として日焼け止めも塗っておいた。
朝食を摂り、07:50にチェックアウト。と、一昨日、駅からホテルまで送ってくれたドライバーさんが既に迎えに来てくれていた。兄弟が来る、という話は何だったのだ… さらばブハラ、いよいよ長距離ドライブの始まりである。
ブハラの街も少し離れればソヴィエト式ののっぺりとした街である。街並みが途切れると道路の状態も悪くなり、あちこちに穴も開いていて、ハンドル捌きも大変そうだ。そもそもセンターラインもないし、インドほどではないが、なかなかにスリリングなドライブが続く。休憩なのか、日本人観光客のツアーを乗せたバスが路肩に停まっていて、乗客が外に出ていた。
も滅多にないのだが、『ヌクス』という地名と聞いたこともない地元の村の地名がでているだけで、ヒヴァもウルゲンチも出てこない。時々現れる『アシガバード』という地名にはちょっとときめかざるを得ない。
10時を過ぎた頃、唐突に道路状態が良くなった。そして家並みも畑も途切れ、砂漠のような荒涼とした風景が広がる。道もまっすぐでスピードも上がる…が、単調な景色が続く。車は新しいシボレーで冷房も効いているし、窓には紫外線対策もされているようで、日焼けの心配もなさそうだ。車の行き来はそれなりにある。時々、放牧されているが道路を横断するために停車させられるのもなかなかに好い。
しばらく並走していた別のシボレー(そういえば、シボレーがたくさん走っている)がこちらに合図してきた。『向こうも観光客を乗せていて、少し停まろうといっている。』とのこと。そちらの車にはスペイン人の老夫婦が乗っていた。2週間ほどウズベキスタンを旅しているのだそうな。こちらは1週間というと『なぜそんなに短いの!』と驚かれる。これも何度も経験した反応だ。向こうのドライバーさんがコーラを出してくれた。短い時間だったが面白い経験だった。ヒヴァでも会うような気がする。
再び単調なドライブが続く。信号も交差点もないので、スピードが落ちることもない。ところどころに警察の検問所があり、その時だけスピードが落ちる。が、警官はいるものの、実際に検問されたのは1回だけだった。12時を過ぎて、ようやく線路と伴走するようになり、緑も家並みも増えてきた。(・・・・・・)
『ランチにしないか?』といわれ、もちろん賛成する。何処だかわからない村の、名前も知らない
に入った。ドライバーさんが注文してくれたのは、パンと紅茶、それに、という料理。これは、カザフスタンの料理とのことで、薄い麺(むしろ餃子の皮に近い)に茹でた肉、トマト、玉葱、ニンニク、香草などを乗せたもので、ほんのりと暖かい。肉のうまみなどがスープとなっていて麺にからまり、それでいて臭みや脂っこさもなく、とても美味しい。計26,000スムを支払った。この店に来ることも二度とないだろうが、忘れ難い経験となった。
13時を過ぎた頃に大きな川を渡った。ドライバーさんが『だよ。』と教えてくれた。高校生の頃に地理の授業で習った、あのアムダリア川を渡ることがあろうとは、あの頃には想像もしなかった。そして、なぜか4年前に訪れたペトロザヴォーツクを思い出した。ペトロザヴォーツクとアムダリア川が同じ国にあったのだから、つくづくソヴィエト連邦は大きな国だったのだなぁ…
13:50に、『ウルゲンチ空港まで4km』『ヒヴァまで45km』という標識のある交差点を過ぎた。やっとウルゲンチの街はずれまで来たわけだ。遠景にヒヴァの塔が望める。そして、14:30に、ようやくヒヴァでの宿であるホテル・アルカンチに到着した。昼食を摂ったとはいえ、6時間半の長旅だった… 日本からの旅行代金にタクシー代は含まれているとはいえ、長旅を安全に終えてくれたお礼として、USD20を心付けに渡した。
チェックインし、26号室へ。ホテルのスタッフが勝手に荷物を持って部屋まで来てなかなか出ていかず、しょうがないので1,000スムを渡す。部屋、バスタブもあり、NHK WORLDまで映るし、wi-fiも速い。この点では文句なし。さて、外は既に酷暑なので、このまま昼寝する。
17時に、まずは街の地理感覚を掴み、夕景を楽しむために外出する。まだ暑さは残っていて、ブハラよりもさらに厳しいように思われる。ここヒヴァは城壁の内側の旧市街(イチャン・カラ)がそのまま世界遺産になっているところで、東西・南北それぞれ約400mほどの小さな街だ。観光ポイントもいくつもあるので、それらを縫うようにして街歩きをするのがベストだろう。まずは西門にあるチケット売り場で2日間の共通入場券を買う。これで多くの観光ポイントに入場することができる。撮影料も含めて計62,000スムを支払った。
西門の傍には、ヒヴァで最も有名な建物の1つである
。建設が中断されてしまった塔で、ずんぐりとした姿がどことなくユーモラスだが、青のタイルが美しい。その他、イチャン・カラには、モスクやメドレセなどがたくさん残っており、それらが博物館となっていて、先ほど買った共通入場券で入れるわけだ。今日は入場せずに、街歩きを楽しむ。
イチャン・カラは観光化も進んでいて、古い建物の多くが土産物屋、レストラン、カフェなどになっている。裏通りには職人たちが何かをつくっているようで、槌音も響く。ただ、ある店が大音量で音楽を流していて、情感をぶち壊しにすることがあるのが残念。(・・・・・・・)
18:30くらいまでにはざっと一回りすることができた。カルタ・ミナルの傍に行くと、城壁の上で民族音楽を演奏しているグループがいた。城壁の下の通りから、夕陽に染まり始めたカルタ・ミナルを眺めつつ、素晴らしい演奏を楽しむことができた。西門の警備をしている爺さんが『フェスティバルがあるんだよ。』と教えてくれた。『ナガサキの大雨は大丈夫なのか?』という心配までしてくれた。ウズベキスタンには優しい人が多い。
さて、今日も空腹を覚えないので、夕食はスキップすることにした。夕景を楽しむことにするが、どうやらブハラよりも日没の時刻が遅いらしい。また、ここは狭い街並みなので、街並みはすぐに陰に隠れてしまう。クフナ・アルクというところにある見張り台に登り、高いところから夕景を眺めるのがいいらしいが、何となくそんな気にもなれず、地上から夕陽に染まった塔や子どもたちの遊ぶ声などで情感を楽しむことにする。19:40にホテルに戻った。(
・・)
フロントのスタッフに、明日の空港までのタクシーが20:30の予定なので、明朝のチェックアウト後に夜まで荷物を預かってほしいと頼んだところ、17時まで部屋を使えることになっているとのこと! 彼は、今回の旅を手配しているウズベキスタンの旅行代理店Silk Tour社の社員とのことで、タシケントでもらった予定表を見せると、空港までのドライバーさんの名前も知っていた。これで、明日の午後も一休みできることになった。とても助かる。
明日は、午前中はヒヴァを観光し、午後はホテルに戻って昼寝した後に17時にチェックアウトし再度観光、20:30に来てくれるタクシーに乗ってウルゲンチの空港に行き、22:30発のウズベキスタン航空の国内線HY58でタシケントへ戻る予定となっている。今年の旅も終盤に入った。最後までトラブルなく終えたいものだ。
さて、NHK WORLDをつけながら日記を書いているのだが、KABUKI KOOLなる番組で『桂川連理柵』や『いがみの権太(しかも松嶋屋さん!)』の見どころを流すものでつい見入ってしまい、なかなか筆が進まない…
Next Page
Return to Index